大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

札幌地方裁判所 昭和38年(わ)450号 判決

被告人 森尾昇 外一二名

主文

1  被告人森尾昇、同小野岡隆、同長岡寅雄をいずれも罰金一〇万円に、同渋谷賢一を罰金五万円に、同三谷尚、同加藤芳夫、同北村英人、同渋川勝をいずれも罰金四万円に、同武内四一、同杉沢信男、同山田勇をいずれも罰金三万円に、同旗谷金太郎を罰金二万円にそれぞれ処する。

2  右被告人らにおいて右各罰金を完納することができないときは、いずれも金一、〇〇〇円を一日に換算した期間その被告人を労役場に留置する。

3  被告人長岡寅雄、同渋谷賢一、同加藤芳夫、同三谷尚、同北村英人、同渋川勝からいずれも金二万九、四〇〇円を、被告人武内四一から金一万一、八九〇円を、被告人杉沢信男、同山田勇から各二、〇〇〇円をそれぞれ追徴する。

4  公職選挙法二五二条一項所定の選挙権および被選挙権を有しない期間を被告人森尾昇、同小野岡隆、同長岡寅雄については、いずれも二年に、被告人渋谷賢一、同三谷尚、同加藤芳夫、同北村英人、同渋川勝、同旗谷金太郎、同武内四一、同杉沢信男、同山田勇についてはいずれも一年にそれぞれ短縮する。

5  本件公訴事実のうち、被告人小野岡隆に対する政治資金規制法違反の点および被告人高昭宏はいずれも無罪。

6  (訴訟費用の裁判は省略)

理由

(全道庁職組の組織、各被告人らの地位および犯行にいたる経緯)

一、全北海道庁職員組合(以下全道庁職組という)は、北海道庁および北海道教育庁に勤務する職員で組織される職員組合であり、昭和三八年四月当時で約一万八、〇〇〇人の組合員を擁し、主な組織として本部、地方協議会、支部、分会がある。本部は中央執行委員会と事務機関である書記局で構成され、書記局には、事業遂行のため総務、組織、調査、賃金対策などの部門がおかれ、書記局の業務は書記長によつて統轄されている。組合の最高の決議機関は大会であつて、大会は代議員、中央委員、役員によつて構成されている。中央執行委員会は組合の最高の執行機関であつて、特別中央執行委員、地方執行委員、監査委員を除く役員で構成され、組合の財産の監理および収入、支出は中央執行委員会の責任とされている。役員として、中央執行委員長、副中央執行委員長二人、書記長、中央執行委員一〇人などがおかれており、そのうち中央執行委員長は組合を代表し業務を統轄する。副中央執行委員長は中央執行委員長を補佐し、書記長は中央執行委員長を輔けて組合業務を掌理する。中央執行委員は中央執行委員会の業務を分担する任務を有する。

二、昭和三八年四月当時、被告人森尾昇は全道庁職組の書記長、同小野岡隆、同長岡寅雄、同三谷尚、同加藤芳夫、同北村英人、同渋谷賢一、同高昭宏はいずれもその中央執行委員であり、なお同小野岡は書記次長兼総務部長として同職組の財政の管理、現金の保管、出納などの業務を総括しており、被告人長岡は組織部長として未組織職場の組織化、組織強化対策に関する事項、闘争体制の確立、友誼団体との連携に関する事項などを総括していた。また被告人三谷は全日本自治団体労働組合北海道本部の中央執行委員を兼ねており、被告人渋川勝は同北海道本部の書記、分離前の相被告人高橋武は全道庁職組の書記をしていた。

被告人旗谷金太郎は、岩内郡共和村字小沢所在の住友金属鉱山株式会社国富鉱業所労働組合の執行委員長、被告人武内四一は同労組の書記長をしていたものであり、被告人杉沢信男は日本炭礦労働組会茅沼支部(以下炭労茅沼支部という)の執行委員長、同山田勇は同支部事務局長をしていたものである。

三、全道庁職組は、昭和三七年五月開催の定期大会において、翌三八年四月一七日施行の北海道議会議員選挙に際し、元全道庁職組中央執行委員長の池島信吉を後志支庁地区の候補者として推せんすることを決定した。そして同年一〇月開催の臨時大会において同推せん候補の支援活動の実施に伴う予算措置などを定め、翌三八年一月の同職組中央執行委員会および、組織強化委員会において池島候補の支援活動の推せんを主要任務として後志地区に常駐オルグを派遣することにした。派遣に際しては、後志地区を五つの区域に分け、被告人長岡、同渋川および高橋武を岩内、共和村などの地区に、同三谷を余市、北後志地区に、同加藤を倶知安、京極地区に、同北村を狩太、喜茂別などの地区に、また同渋谷、同高を寿都黒松内などの地区にそれぞれ派遣することとし、なお副委員長の畑中清秋(但し同人が病気入院のため途中で被告人森尾に交替された。)をこれらの現地オルグの責任者として定め、その結果右各オルグは、同年一月下旬ないし三月中旬ころまでの間にそれぞれ各自の分担地区に赴き、以後前記選挙の投票日の前日頃まで同地に常駐してオルグ活動に従事していた。(但し高橋武は四月一四日頃、被告人森尾は同月一六日各逮捕されるまで活動した。)

(罪となるべき事実)

第一、(小野岡、森尾から各オルグに対する金銭の供与)

1 被告人小野岡隆は、全道庁織組書記次長兼総務部長として同組合の財産の管理や現金の保管、出納などに関する業務を掌握していたもの、被告人森尾昇はその書記長として同組合の業務全般を掌理する地位にあり、同時に前記後志地区オルグの責任者として自らも同地区に派遣されていたものであるが、いずれも後志支庁地区から立候補した池島信吉候補に当選を得させる目的をもつて意思を連絡のうえ、右後志地区常駐オルグとして同地区の各労働組合などを通じその組合員らに池島候補の支援の要請をしたり、あるいは池島後援会活動の名の下に同地区の選挙人に同候補のための票固めをしたり、その他各オルグの分担区域における選挙情勢の把握をするなど同候補の当選に有利な活動を行なうことを主な目的として派遣されていた被告人長岡寅雄、同三谷尚、同渋谷賢一、同加藤芳夫、同北村英人、同渋川勝および高橋武に対し、全道庁職組の予算からオルグ活動の宿泊費、日当、特別行動費の名義でこれらの選挙運動を行なうことの報酬および費用として金銭を供与しようと考え、昭和三八年四月一日被告人小野岡において全道庁職組書記本間博に指示し、同人をして札幌市北三条西六丁目北海道庁内郵便局から現金二万九、四〇〇円づつを別表一の1ないし7記載の各宛先へ郵送させ、被告人長岡らをして同表記載の各日時、場所において各受領させ、もつて選挙運動者に対し金銭を供与した、

2 被告人小野岡隆、同森尾昇は右1同様池島候補に当選を得させる目的をもつて意思を連絡のうえ右1と同様後志地区に派遣されていた被告人高昭宏に対し前同様の趣旨で同月一日、前同様本間博を介して北海道庁内郵便局から寿都郡寿都町渡島町小泉間三次方宛に金五、〇〇〇円を郵送し、もつて同人に対して前同様の趣旨のもとに金銭の供与の申込をした、

3 被告人長岡寅雄、同三谷尚、同渋谷賢一、同加藤芳夫、同北村英人、同渋川勝はいずれも同記1記載のとおり池島候補の選挙運動を行なつていたものであるが、別表一の1ないし6記載の各日時、場所において、被告人小野岡隆、同森尾昇から前記1記載の趣旨のもとに供与されるものであることを知りながら各金二万九、四〇〇円を受領してその供与を受けた、

第二、(森尾から高橋武に対する供与)

被告人森尾昇は、同三八年四月一〇日頃、岩内郡岩内町字高台所在の池島信吉選挙事務所において、池島候補に当選を得させる目的をもつて前記高橋武に対し、神恵内方面における選挙状勢の把握ならびに同地の北電などの各組合に池島候補の支援を要請するなどの選挙運動を行なうことの報酬および費用として金二、〇〇〇円を供与した、

第三、(長岡から菱川に対する供与)

被告人長岡寅雄は、後志支庁地区から立候補予定の池島信吉に当選を得させる目的で同三八年三月上旬頃、岩内郡共和村大字小沢字下平小沢中学校において、右共和村地区労の事務局長菱川隆雅に対し、同地区の労働組合を通じ、同選挙区の選挙人である組合員らに対し池島候補の支持を要請するなどの選挙運動をして貰うことの報酬および費用として金一万五、〇〇〇円を供与した、

第四、(法定外文書の頒布など)

被告人長岡寅雄は、前同様の目的をもつていまだ池島信吉の立候補の届出前である、同三八年一月上旬頃、浅坂利夫を介して蛇田郡倶知安町南一条東一丁目倶知安郵便局から別表二記載の朝倉美津子ら一八名を含む前記選挙区の選挙人約九〇〇名に対し、池島信吉名義で「池島信吉が日本社会党の公認を得て北海道議会議員選挙に立候補するので一層の支援を御願いしたい。」旨を記載した法定外の選挙運動文書である葉書約九〇〇枚を郵送頒布して右朝倉美津子らに池島のための投票を依頼し、もつて立候補届出前の選挙運動をした、

第五、(寿都町公民館における饗応)

被告人渋谷賢一は、池島信吉に当選を得させる目的をもつて、同三八年三月一四日寿都郡寿都町字渡島町所在の寿都町公民館において後志支庁選挙区の選挙人である鈴木忠市外約二二名を集めて会合を開き、その席上同人らに対し、暗に池島のための投票ないし投票とりまとめなどの選挙運動を勧誘し、その報酬の趣旨を含めて一人当り約一六〇円相当の酒食の饗応をした、

第六、(国富鉱業所労組関係)

1 被告人森尾昇同長岡寅雄は、意思を連絡のうえ前記池島候補に当選を得させる目的をもつて、被告人森尾において同三八年四月五日頃、岩内郡共和村小沢シマツケナイ住友金属鉱山株式会社国富鉱業所労働組合事務所に出かけ、同所において同組合執行委員長旗谷金太郎および同書記長武内四一に対し、同労組の組合員らに対し池島候補の支持要請をするなどの選挙運動をして貰うことの報酬および費用として金一万五、〇〇〇円を供与した、

2 被告人旗谷金太郎および同武内四一は右日時場所において、被告人森尾から右の趣旨のもとに供与されることを知りながら金一万五、〇〇〇円の供与を受けた、

第七、(長岡から武内に対する供与)

1 被告人長岡寅雄は、前記池島信吉に当選を得させる目的をもつて同三八年三月中旬頃前記国富鉱業所労働組合事務所において武内四一に対し、前記選挙区の住友金属余市鉱山の労働組合を通じその組合員らに池島候補の支持の要請などの選挙運動をして貰うことの報酬および費用として金一万円を供与した、

2 被告人武田四一は、右日時、場所において、石の趣旨のもとに供与されることを知りながら被告人長岡から金一万円の供与を受けた、

第八、(炭労茅沼支部関係)

1 被告人森尾昇、同長岡寅雄は、意思を連絡のうえ、前同様の目的をもつて前記選挙区内の茅沼炭礦株式会社茅沼礦業所の労働組合である炭労茅沼支部の執行委員長杉沢信男および同事務局長山田勇に対し、同組合員やその家族らに池島候補の支持を要請するなどの選挙運動をして貰うことの報酬および費用を交付しようと考え、同三八年四月五日被告人森尾において岩内郡岩内町字高台岩内駅前郵便局から古宇郡泊村大字茅沼村所在炭労茅沼支部杉沢信男宛に金五万円を郵送し、同月六日頃、右茅沼支部事務所において杉沢信男および山田勇をして右金員を受領させ、これを供与した、

2 被告人杉沢信男、同山田勇は、右日時場所において、右の趣旨のもとに供与されることを知りながら被告人森尾昇から郵送の右金五万円を受領してその供与を受けた、

第九、(杉沢、山田から高橋伸児らへの供与)

被告人杉沢信男、同山田勇は、意思連絡のうえ右池島候補に当選を得させる目的をもつて、同年四月九日頃、右茅沼支部事務所において同労組執行委員高橋伸児、同小林勇、同原田一光、同原田輝夫および同沢田鉄男に対し、同組合員やその家族らに池島候補の支持を要請するなどの選挙運動をして貰うことの報酬および費用として各金二、〇〇〇円づつを供与した、

ものである。

(証拠の標目)(略)

(弁護人の主な主張に対する判断)

第一、後志地区オルグに対する供与および受供与について

一、(本件オルグ活動の目的について)

(一)  弁護人は、本件後志地区へのオルグ派遣は、全道庁職組としての通常のオルグ活動即ち、賃金闘争の報告や未組織自治体労働者の組織化あるいは自治労産別化に伴う全道庁職組の方針の説明などのいわゆる組織強化活動およびその一環として全道庁職組の推せん候補者決定の意義などの説明とその周知徹底を図ることを目的としたものであつて、要するに通常の組合活動の範囲を何ら逸脱したものではなく、池島候補の選挙運動を行なう目的で派遣されたものではないと主張している。

なるほど本件前掲各証拠によると、約二ヶ月余りに亘る本件オルグ期間の中で、各オルグ員が弁護人主張のような組合活動として通常の範囲内と認められる活動をも行なつていたことは十分認められるところである。しかしながら前掲の(証拠略)を総合すると

1  本件オルグの派遣は、全道庁職組昭和三七年五月の定期大会で池島信吉を後志地区道議選候補として推せんし、同年一〇月の臨時大会において右選挙闘争を進めるため後志地区に対し組織対策としてオルグ活動を行うこととし、それに関する予算措置を決定するなどの経緯をへて実現したものであるが、右臨時大会で長岡組織部長から報告された「後志地区組織強化特別対策」の計画内容をみると「(1)余市、岩内、泊、神恵内、倶知安、寿都の六ヶ所を重点地区とし、その他の町村をも加えて、組合員、家族、親せき、友人、知人の紹介者を対象として池島後援会活動を推進すること、(2)単産、地区労に対し支援要請行動を行うこと、(3)重点行動として、昭和三七年一一月中に後援会組織の確立を終え、単産、地区労に対する要請行動を強化する。同年一二月を後援会入会勧誘推進月間とし、支持単産への具体的要請行動を行い、得票計画の策定を完了すること、昭和三八年一月以降は池島選対を構成し後援会会員との連けいを強化する。」というものであつて、本件オルグ派遣についてこのような内容の計画が存在していたことは、本件オルグ派遣が選挙に焦点を合わせ、かつ労働組合の通常の活動以上のものを目的としていたことの証拠といわなければならない。

2  右臨時大会当時、オルグとして派遣を予定されていたのは畑中副委員長と長岡組織部長その他に中央執行委員一名の計三名であつたが、その後これが大幅に増員されるに至つたのは、次のような事情による。即ち、後志地区の道会議員の定員は四名であるのに社会党から三名の立候補者が立ち、そのため公認候補の詮衡が難行し、池島に対する公認決定は昭和三七年一二月末になつてやつと実現したこと、しかも池島は新人であり、かつ全道庁職組傘下の後志地区内の組織体制の弱体性や、池島信吉後援会の組織作りが予想外に進展しないなど、選挙に臨む体制が著しく立遅れた情勢にあることが前記臨時大会の開催以降に判明し、同三八年一月被告人長岡が右の情勢を畑中副委員長らに報告して後志地区へのオルグ活動の増強を要請したため、急拠多量の常駐オルグを派遣することになつたことが認められ、このような経過も本件オルグ派遣が池島に当選を得させることを主たる目的としていたことの証拠と認められること。

3  各オルグの派遣先ないし分担区域は判示のとおりであるが現地責任者の森尾(オルグの責任者が森尾に変つたのは畑中副委員長が急病で入院したことによる)の常駐場所が全道庁職組後志支部組織の所在する倶知安町ではなく、池島選挙事務所が設けられ、その選挙運動の根拠地と目される岩内町であつたこと、各オルグの派遣先きの中心地である余市、倶知安、狩太、寿都には、いずれも池島後援会事務所が設けられ、各オルグがそれぞれの後援会事務所を根拠にして活動していたと窺われること、本件オルグの財政面の責任者と見られる被告人長岡から各オルグに対し右後援会事務所の維持、管理に要する費用や後援会活動に要する費用を支出している事実、選挙の告示後も各後援会事務所に各オルグが後援会の役員などを集めて選挙に関する情勢の分析や情報の交換をしたりなどしている事実(三谷、加藤の検察官に対する供述)、各オルグにおいて後援会事務所の電話を用いて後援会の加入状況その他選挙に関する諸情勢を岩内町の池島選挙事務所に連絡していたと認められること(渋川、森尾、三谷の検察官に対する各供述)、オルグ期間中、これらの各オルグが岩内町宇喜世旅館や南河旅館などに集つて連絡会議を開いており、とくに三月三〇日ころ南河旅館で開かれた会議において、被告人長岡または同森尾から各オルグに対し、告示後の池島遊説隊の行動計画について説明し、各オルグの分担区域における遊説隊の受入体制の準備の要請をするとともに、告示後における池島のための選挙活動の方針などに関し、説明したり、又各オルグから分担区域内の池島候補の支持状況その他の報告をしている事実(三谷の検察官に対する供述によると選挙運動の方法などについて種々具体的な話合がなされたという)、各被告人が実際に行つた行動の具体的内容については、被告人高のように捜査官に対し終始事実関係を黙否しているものがいたり、また何んらか供述している被告人においてもほぼ全面的又は部分的に否認しているとみられるなど様々であつて、各オルグの行動の具体的内容を詳細に確認することはできないが、本件オルグの責任者である被告人森尾、財政面の責任者である、被告人長岡が、いずれも選挙の告示以後ほとんど専従的に池島のための選挙運動を行なつていること、(例えば長岡は、告示以降遊説隊の一員とし行動しており、また森尾は岩内町選挙事務所において高橋、渋川及び全自治労本部から応援派遣された木田正吉などを指揮して、選挙状勢の把握や支持組織の内部点検、他候補の選挙運動者による池島支持組織への切崩しの警戒、各単産に対する池島遊説隊の行動日程の連絡、池島遊説隊の活動のため道路事情の調査、演説会場の準備などを行い、あるいは高橋をして神恵内、泊方面の選挙状勢の偵察をさせたり、さらに森尾自ら「池島選挙事務所森尾昇」の名刺をもち、池島候補の宣伝のためパンフレツトや池島の略歴書を携帯して共和村や岩内町などで戸別訪問をし、あるいは選挙演説の依頼をしたり、他の組織の執行委員を訪ねるなどし最後に選挙運動員の腕章をつけて活動中、逮捕されていること)、被告人三谷、渋川、高橋、渋谷、加藤、北村などについても、(証拠略)をみると、その自白の程度などに応じて、多い少いの差異はあるがいずれも池島のための選挙運動を行つていることを確認することができる(被告人三谷については当公判廷における供述自体によつて相当詳細に確認できる)

(二)  その他以上のような派遣オルグによる活動が本件選挙の二、三ヶ月前という接近した時期に集中的に開始されしかもオルグ派遣の予定期間が本件選挙の投票日の前日までであつたこと、(四月分の宿泊費、日当の支結は投票日の前日である四月一六日までとなつている)本件オルグ活動に伴う予算措置を講じた前記臨時大会における代議員や中央執行委員などの発言内容をみると、「池島河野は組織内候補として出すのであるから、その選挙資金をもつべきである。」とか「組織強化は別の言葉でいうと選挙体制強化ということになる。」とか「選挙カンパ」などの言葉が随所にみうけられること(符四号)、本件オルグ期間中の記録である高橋武の日記帳(符五四号)に例えば、「一月二二日、今日から選挙準備が始まる」「二月九日池島選対打合わせ執行委員会、宇喜世旅館で、岩内の選対は月曜日より全精力をあげて戦う事。」など、の記載があること、各オルグとも池島後援会活動などに関する資料を除外するならば、例えば予算斗争その他通常の労働組合のオルグの際、用意携帯するのが普通と思われる、オルグ資料など一切用意携帯していた形跡がないこと、などの情況事実が認められ、その他本件各証拠に現われた一切の情況を綜合すると本件後志地区へのオルグ派遣の目的の中には組合本来の活動にわたる点がなかつたとは言えないが少なくともその主要な目的は池島のための選挙運動にあつたと認められる。

(三)  もつとも以上の認定に対し弁護人は次のような主張をしている。(イ)本件オルグのうち池島の選挙運動に従事したものがいるが、それは個人の資格でオルグ活動の余暇を利用して行つたにすぎない。(ロ)また後援会活動に従事しているものもあるが、後援会活動は常時許される合法的活動であつて、選挙運動と本質を異にするものである。(ハ)労働組合として公職の候補者を推せん決定しこれを組合員に周知徹底させ、あるいは推せん決定の政治的意義などを説明すること及び他の労働組合で同一の候補者の推せん決定をした組合に対し挨拶をして廻ることなどは何ら選挙運動に該当するものでなく、本件各オルグが行つた活動も以上の範囲に止まつていた、などと主張している。

しかしながら(イ)については、本件有罪と認められた各被告人に関する限り、選挙運動を行なうについては個人の資格でオルグ活動の余暇を利用して行なつたにすぎないなどということは到底認めることができない。また(ロ)の後援会活動の点についても、その用いられた名称にも拘らず、本件各オルグが行なつた後援会活動はいわゆる選挙と直接の関係がなく、かつ被後援者の人格敬慕ないしその政治的勢力の日常的擁護という後援会本来の目的に止まつていたものとは認められず、本件の具体的選挙に際し池島候補の当選に有利ならしめるため、選挙区の選挙人一般に対し池島の支持を求め、同人のための投票依頼ないし票固めの目的から行われ、選挙運動の実質を有するものであつたと認められる。このことは、本件統一地方選挙が一般人に具体的に意識された時点に本件後援会活動が開始され、選挙区内の選挙人多数に対し後援会への加入を勧誘していること、各地の後援会事務所を根拠としていた各オルグが告示後池島遊説隊に加つたり、各地においてその案内をしたり、あるいは池島候補の支持に関する情勢の報告を岩内町の森尾らに対し行つたり、或いは後援会事務所に後援会役員や池島候補の支援団体の幹部らを集めて、池島支持に関する情勢の分析をしたり、情報の交換をしたりしていることなどに照らして明らかである。(ハ)については労働組合として公職の選挙に際し、特定の候補者を推せん決定し、それを当該組織の組合員に対し、周知徹底させること推せん決定の政治的意義などを組合員に対し啓蒙すること、あるいは同じ候補者を推せん決定した他の友誼団体に対し感謝の意思を述べて廻ることなどがそれ自体としては選挙運動というに足りないことは弁護人主張のとおりである。しかし本件で有罪と認めた各オルグの行為が右の限度に止まつていたとは認めることができない。このことは全道庁昭和三七年一〇月の臨時大会で長岡組織部長が本件後志地区への組織強化特別対策の具体的行動計画として報告した内容に前記のとおり、各オルグから各単産に対し池島候補の支援要請を行うこと、組合員のみならず家族、親戚、友人、知人などの紹介者を含め後援会への加入勧誘を行い、かつ選挙対策委員会を構成し、あるいは得票計画や政策の策定を行い、かつ後援会々員との連携を強化するなどの行動目標が掲げられていたこと、各地に池島後援会事務所を設定し、事務員を雇い臨時電話を架設するなどして組合の通常の活動とはとうてい認められない活動を行い、これらに多額の資金を投じていること、告示直前、南河旅館で行われた会議の模様、すなわち池島遊説隊の行動日程を発表し各オルグがその受入準備を行うことや告示後の選挙運動の方法について協議していること、各オルグとも池島候補の当選のため具体的な得票目標などを意識し、池島遊説隊に加つたり、戸別訪問をしたり、或いは酒肴の提供をしたりなどしていること、各オルグが友誼団体を廻つた点についてもその訪問先がきわめて広範囲に及んでいることや訪問回数などに照らし、単なる儀礼的な挨拶をするためだけに訪問したとは認めがたいこと、後援会活動のためばかりでなく、他の単産の幹部などに対しても種々金銭を供与して池島候補の支援活動を求めていることなどに照らすと、本件後志地区へのオルグ活動が労働組合として通常許されるような範囲に止まつていたとは認めることができない。

二、(供与の主体について)

次ぎに弁護人は、本件オルグ派遣は全道庁職組中央執行委員会が決定したものであり、かつ供与金とされている金銭は、全道庁の予算から組合の旅費等支給規程に従い右オルグ派遣に対する日当、宿泊費などとして自動的に支給したものであるから右各金員の供与の主体は中央執行委員会そのもの又は同委員会の派遣決定に参画した中央執行委員全員である。然るに中央執行委員会を構成する被告人森尾同小野岡の両名のみが供与者とされ、他の中央執行委員が受供与者とされるのは不合理であるなどと主張する。

しかしながら、ある団体の業務執行機関(労働組合の執行委員会など)において、公職の選挙に際し特定の候補者の選挙運動を行うことを決定し、執行委員の全員又は一部が選挙運動に従事し、これに対する報酬、費用が団体の財産、金銭から支出された場合において、支出金員に対する現実の管理責任がそれらの執行委員全員に平等にあるのではなく、執行機関のうち特定のものに委ねられ、他の執行委員は、業務執行機関の一員として間接に関与しているにすぎないようなときは、現実の管理者が他の執行委員に対し右金員を支出する行為は公職選挙法二二一条一項一号にいう金銭の供与に該るものと解すべきである。また当該団体において右金員の管理責任者に対し指揮監督する権限を有する者があり、その者において具体的に金員の支出の事実を事前に認識しかつ容認していた場合にはその者も金銭の管理責任者と共同して同法所定の供与罪を犯したと解すべきである。このような関係は単に労働組合ばかりでなく、会社公社、協同組合その他の団体についても同様と考えられる。これを法律的に観察するならば、同法二二一条にいう供与罪が成立するためには、供与者において金銭を支出しうる正当な権限をもつことまでは必要でなく、事実上右金員を支出しうる地位にあればよいものであり、またこれらの者から金銭を受領する者が名目上当該金銭の支出に関与する権限を有していても現実に何らそのような地位にないときには、同人の金銭受領の行為が同条一項四号の受供与罪に該ることについて何ら妨げになるものではない。

またいかなる団体の執行機関も公職選挙法の規定に違反する結果となるような方法で団体の金員を支出することを決定する権限はなく、事実上そのような決定をしてもそれは法律上無効であつて、金員の保管者といえども何らこれに拘束されるべき理由はないのであり、それにも拘らず金銭管理の責任者などにおいて団体の金銭の支出をあえてした場合には、それが右決定にもとづくものであつても同人について公職選挙法所定の供与罪の罪責を問われるのはやむをえないといわなければならない。

本件において全道庁職組中央執行委員である被告人らが池島候補のための選挙運動をすること自体は自由であり、法律上これを禁止されるものではない。しかし選挙運動を行なうには選挙運動者自身の出捐によつて行なうべきであり、これについて他から報酬を受けることは公職選挙法により許されないところである。全道庁中央執行委員会において池島の選挙運動を行わせるため中央執行委員その他を後志地区へ派遣することの決定自体は直接公職選挙法にふれるものではないが、右派遣員に対し全道庁の予算から公職選挙法上報酬とみなされるべき金員の支出を決定することは許されなく、実際にそのような決定をしても法律上無効というほかない。従つて全道庁職組の役職員中、全道庁の財産、金員出納などを管理する者は、右中央執行委員会の支出決定に法律上拘束されるものでないし、また拘束されてはならないのである。ところで全道庁職組の業務執行に関する組織は判示のとおりであつて全道庁職組の財産、支出と収入に関する責任は機構上は中央執行委員会にあるとされているが、実際には専問的な事務遂行機関として設けられている総務部の取扱事項とされ、被告人小野岡が同部長としてこれを管掌していること、会計規則上も金員の出納に関する決裁権者として中央執行委員長、副委員長、書記長という順位が定められているが通常の金員の支出に関する事務は、書記長と総務部長が協議してこれを処理していることが認められ、以上の事実に照らすと、全道庁の財産ないし金員について現実の管理責任を有していたのは被告人小野岡であり、その他の被告人らはたんに中央執行委員会の構成員として間接に右についての責任を有するにすぎない。また被告人森尾は書記長として被告人小野岡に対し直接指導、監督する地位にあつたものと認められる。そこで更に判示第一、第二の各金員の支出の事実を、被告人小野岡同森尾が了知容認していたかどうかであるが、そのうち宿泊費、日当などの支出を右被告人両名が容認していたことは本件証拠上明白であつてとくに説明するまでもなく、また特別行動費については右被告人両名の検察官に対する各供述調書によると、昭和三八年三月下旬ころ、岩内町にいた被告人森尾から電話で札幌にいた被告人小野岡に対し、後志地区の各オルグに対し、一人当り金五、〇〇〇円宛の特別行動費を出してほして旨要請し、これに対し被告人小野岡が予算を検討して支給の可否を決めたい旨返答したこと、そして同月末ごろ右の相談にもとづき被告人小野岡が書記本間博に指図して一人当り金五、〇〇〇円の特別行動費と四月一日から同月一六日までの日当、宿泊費などを判示のとおり送金させて支出したことを認めることができる。以上の事実によると、被告人小野岡、同森尾は共同して本件各金員の供与についての罪責を負わなければならない。よつて弁護人の主張は採用できない。

三、(供与金の性格について)

弁護人は、本件で供与された各金員は組合の旅費規定に基づく宿泊費日当と慣例にもとづく特別行動費であり、組合においては選挙と無関係のオルグ派遣のときでも通常支給される金員であつて実費弁償の趣旨で支給されたものであるから公職選挙法二二一条所定の金員に必要な「報酬性」を欠き供与罪は成立しないと主張している。

公職選挙法二二一条の供与罪が成立するためには単に金員が支給されたというだけでは足りずそれが実質的に報酬性を有していることが必要であることは弁護人主張のとおりである。しかしながら同法において選挙運動者などに対し支給することができる実費弁償などの額が厳格に規定されていることや、選挙運動に関する支出については原則として領収書などを徴すべきことにしていることなどを考えると選挙運動に関する金銭が本件のように前払いされた具体的事案において、支給された金銭を実費の弁償であると認めうるためには、前払支給の当時においてその支出費目、金額等が具体的に特定されているとともに、その支出結果を可能な範囲で領収書その他の資料によつて明らかにすることが予定されているような交付方法によつた場合でなければならない。何故ならばそのような交付方法をとることによつて当該金銭の受領者がその使途についての自由な裁量の余地をもち得なくなり、後払い支給の場合と同様の明確な金銭の授受をはかることができると考えられるからである。そうでなければ実費弁償に名を藉りて実質的に報酬を供与するのと変らない結果となり、本来選挙運動は無償で行なうべきことを原則としている公職選挙法の建前を潜脱する結果になるからである。

ところで本件の金銭授受にあたつては、支給金額の内訳として一応宿泊費分、日当分、特別行動費分という費目金額が示されており、実質的にみても宿泊費、交通費その他の実費を右金銭中から支出することが予想されていたと認められ、その中にかなりの実費相当分を含んでいたものと推察される。しかし金銭授受にあたり現実の支出の有無、額などを後日清算などにより明確にしなくても足りるとする方法で各オルグ員一律に支給する方法がとられていたほか、特別行動費については最初から支出内容を明らかにしないで足りる趣旨のものであつたのであるから、受領者においてその自由な裁量により支出を決めることのできる金銭がかなり含まれていることになり、しかもこれを他と区別することができない態様で支給されているのであるから授受金額全体を違法な金員と評価する外ない。したがつてこの点の弁護人の主張も採用できない。

四、(寿都町公民館における饗応について)

弁護人は右公民館での会合を開催し、酒肴を提供したものが被告人渋谷であることの証明がないというが、(証拠略)によると、右公民館使用の申込は被告人渋谷の依頼で大山美一が行なつていること、(証拠略)によると、右会合で提供した酒肴は石塚光雄の勤め先である後志支庁寿都水産物検査事務所の名義で雑貨店から購入しているが、購入後被告人渋谷の依頼で右石塚がその代金額を同店に問合わせ、被告人渋谷がその代金九、〇四〇円を支払つていること、その他前掲各証拠によると、被告人渋谷が右会合の司会をしたり(例えば証人小沢亀宗治の証言参照)飲食の提供に先立つて、同被告人が、「さゝやかなパーテイをするから」という趣旨の挨拶をしている事実(例えば証人中村俊一の証言参照)なども窺われ、これらの諸事実に照らすと、右会合を主催し、かつ酒肴を提供したのは、被告人渋谷にほかならないと認められる。また弁護人は、右会合で「投票依頼」と客観的に判断されるような話が行われたことの証明はないというが、前掲各証拠によると、右会合において池島候補の著書といわれるパンフレツトや、池島後援会の会報を配つたりしていること、又被告人渋谷や池島候補の代理として岩内からきたといわれるものが、会合者一同に対し、池島候補の人物を紹介したりあるいは池島の選挙情勢や組織割りの話をしたり、あるいは池島のことを宜しく願いたい趣旨の挨拶をしたりしていたこと(例えば証人中川俊一、小沢亀宗治、天間富作の尋問調書、小泉間三次の検察官事務取扱検察事務官に対する供述調書)や、そのあげく、前記のように酒肴を提供したりしていることが認められるのであつて、これらの事実に照らすと遠回しに、しかもそれとわかるように同候補の投票および投票とりまとめ方の依頼を行つたと認められる。また弁護人は、右会合における酒肴提供について、出席者に会費制であるとの認識があり、「饗応する、饗応をうける」との認識が主催者にも出席者側にも欠けていたと主張するが、前掲各証拠によれば、酒肴を提供する際、「会費を貰う」というような話が被告人渋谷から出たかのような証言も存在するけれども、その場において会費を徴集するような行為に出た形跡はなくかつ会合が終つてからも会費の支払を請求するような行為が行われたこともないこと、ただ、本件酒肴の提供が選挙違反被疑事件として問題となつたのちにはじめて、被告人渋谷などが出席者のうち幾人かのものに対し「会費制にするから」とか「会費制にすることにしたから」などといつて徴集して廻つたことがあるにすぎないことが認められ、これらの事情に照らすと、被告人渋谷において会合の当初から会費を徴集する意思をもつていたとはとうてい認められないし、出席者の側においても会費を支払う意思があつたとは認められない。

第二、国富鉱業所労組関係(略)

第三、炭労茅沼支部関係(略)

(被告人小野岡隆に対する政治資金規制法違反について)

一、本件公訴事実は、「被告人小野岡隆は、全道庁職組の中央執行委員、総務部長として同組合の会計事務を総括主宰するものであつて、同組合は昭和三七年五月の定期大会において同三八年四月一七日施行の北海道議会議員選挙に際し、札幌市選挙区から立候補予定の河野辰男及び後志支庁選挙区から立候補予定の池島信吉を同公職の候補者として推薦し、同三八年四月二日右河野らが候補者として届出をしたため、同組合は政治資金規制法第三条第二項所定の目的を有する団体となつたものであるところ、被告人小野岡は、いまだ同組合において同法第六条第一項所定の届出がなされていないのに、同三八年四月八日、札幌市北三条西五丁目北海道庁内の同組合事務所において前記河野辰男の選挙運動者相馬政幸に対し、同候補者の推薦支持その他の政治活動のための資金として現金七〇万円を供与し、もつて同組合の役職員として支出行為をした。」というものである。

二、まず被告人小野岡は、相馬政幸に対して七〇万円を渡したのは、二月中旬頃二〇万円、三月中旬頃一〇万円、三月下旬頃に四〇万円と三回に分けて交付したものであり、本件政治資金を供与した日とされている四月八日当時は、渡島、檜山地方にオルグとして出張し札幌にはいなかつたと弁解している。そこで検討するに(1)証人中村悦郎、同石岡広一は、第四〇回公判において、小野岡被告は、昭和三八年四月六日から一二日頃にかけて渡島、檜山方面に出張し、函館、江差、今金等の各職場をオルグしていた旨証言している。ところで右各証言は、いずれも事件後、六年以上も経過した後のものであるが、右中村悦郎提出の備忘録(昭和三九年押第一三二号の五八)の中の昭和三八年四月六日及び同月一二日の各欄をみると、右供述に沿う内容のメモが記録されていることが認められることに照らすと右供述は一応措信しうるものと考えられること、(検察官は小野岡が渡島、檜山方面に四月初旬出張したことが事実であればこれを捜査当時述べるべきであつたというがこの点は小野岡の最終意見陳述書一二頁前段のとおりの事情によるものと思われる。)(2)また(証拠略)によれば、七〇万円を相馬政幸に渡したのは四月八日である旨の各供述記載があるけれども、同人らの公判廷における供述によれば右供述調書における供述は、いずれも明確な記憶があつて述べたというものではなく、取調べの捜査官から示された帳簿に同日付で七〇万円の支出の記載があるのに従つて供述したものと認められるところ、同人らの公判供述によると右帳簿の記載は必ずしも支出の都度記帳するものとは限らず後日適当にまとめて記入することがあるというのであつて支出金の総額はともかくとして支出月日や支出の回数、内訳などに関する記載の正確度は必ずしも保証しがたいものであること、(3)更に本間の前掲検察官調書をみても、右七〇万円を四月八日に支出したとするその出所についてその頃全道庁職組関係の預金通帳から七〇万円を払戻した形跡はないのでその頃組合に入金になつた金から出したとしながら、その入金源について何ら供述していないことを考えると同調書の供述もそれ程確実なものとすることができないこと、(4)また被告人小野岡の捜査段階における供述を仔細に検討してみると最終的には四月八日に七〇万円を交付したという内容になつているけれども、逮捕当初である五月一二日付の警察官調書(証拠書類綴その二、三四六丁裏)においては、むしろ前記公判廷における弁解に合致した内容の供述をしていることも認めることができる

他方金銭の受領者である相馬政幸は、第一五回公判調書において捜査官に対し四月八日七〇万円を受領したと述べたのは小野岡らの供述に合わせたものであり、本当は二月から三月までの間に数回に計七〇万円を受取つたことがあるにすぎない旨証言し、「小野岡らの供述に合わせた」とするいきさつについて本件捜査段階当時全道庁職組では、役員の改選期を間近に控え副委員長としての自分の立場上本件捜査による混乱をできるだけ早期に収拾したく、担当捜査官と交渉したり、小野岡らの供述に合わせて供述したりしたものであると弁解しているところ当時全道庁職組が役員の改選時期を控えていたことは明らかであり、捜査官と交渉したり、全道庁職組として捜査の早期終結と取調範囲の拡大阻止を期して意思統一した形跡のあることも窺われなくはなく、右相馬の公判供述も一概に否定できないものがある。

以上の考察によれば、本件訴因に掲げられている被告人小野岡が四月八日に金七〇万円を相馬政幸に渡したとの事実はこれを断定することは困難であり(尚検察官は出張先から電話等で指示することも可能であつたと主張するけれどもそのような事実があつたと窺わしめる形跡は証拠上全く存在しない)結局本訴因については証明不十分と考えられるので刑事訴訟法三三六条により無罪の言渡をする。

(法令の適用)

1  被告人森尾の判示第一の1、2、第二、第六の1、第八の1の各所為は、いずれも公職選挙法二二一条一項一号、(共犯による分においてはなお刑法六〇条も適用)に該当するので、所定刑中いずれも罰金刑を選択し、以上は同法四五条前段の併合罪であるから、同法四八条二項により、各罪所定の罰金額を合算した金額の範図内で被告人森尾を罰金一〇万円に処する。

被告人小野岡の判示第一の1、2の各所為は、いずれも公職選挙法二二一条一項一号、刑法六〇条に該当するので所定刑中いずれも罰金刑を選択し、併合罪であるから、同法四五条前段四八条二項により、合算金額の範囲内で被告人小野岡を罰金一〇万円に処する。

被告人長岡の判示第一の3の所為は公職選挙法二二一条一項四号に、判示第三、第六の1、第七の1、第八の1、の各所為はいずれも同法二二一条一項一号(なお共犯の点につき刑法六〇条を適用)にそれぞれ該当し、判示第四のうち法定外文書頒布の点は、公職選挙法二四三条三号、一四二条一項四号に、事前運動の点は同法二三九条一項、一二九条にそれぞれ該当するところ右は一個の行為で二個の罪名に触れる場合であるから刑法五四条一項前段、一〇条により一罪として重い法定外文書頒布の罪の刑により処断すべく、以上いずれも各所定刑中罰金刑を選択し、刑法四五条前段、四八条二項による合算金額の範囲内で、被告人長岡を罰金一〇万円に処する。

被告人渋谷の判示第一の3の所為は、公職選挙法二二一条一項四号に、判示第五の所為は同法二二一条一項一号に各該当するので、所定刑中いずれも罰金刑を選択し、刑法四五条前段、四八条二項による罰金合算額の範囲内で被告人渋谷を罰金五万円に処する。

被告人三谷、同加藤、同北村、同渋川の各判示第一の3の所為は、いずれも公職選挙法二二一条一項四号に該当するので所定刑中いずれも罰金刑を選択し、その所定金額の範囲内で同被告人らをいずれも罰金四万円に処する。

被告人武内の判示第六の2、第七の2の各所為はいずれも公職選挙法二二一条一項四号(第六の2については刑法六〇条も適用)に該当するので、所定刑中いずれも罰金刑を選択し刑法四五条前段、四八条二項による罰金合算額の範囲内で被告人武内を罰金三万円に処する。

被告人旗谷の判示第六の2の所為は公職選挙法二二一条一項四号、刑法六〇条に該当するので、所定刑中罰金刑を選択し、所定金額の範囲内で被告人旗谷を罰金二万円に処する。

被告人杉沢信男、同山田勇の判示第八の2の所為は公職選挙法二二一条一項四号、刑法六〇条に、判示第九の所為はいずれも公職選挙法二二一条一項一号、刑法六〇条にそれぞれ該当するので所定刑中いずれも罰金刑を選択し刑法四五条前段、四八条二項による罰金合算額の範囲内で、被告人両名をいずれも罰金三万円に処する。

2  右各被告人において、各罰金を完納することができないときは、刑法一八条により金一、〇〇〇円を一日に換算した期間その被告人を労役場に留置する。

3  公職選挙法二二四条後段により、被告人長岡、同三谷、同加藤、同北村、同渋谷、同渋川から判示第一の3の犯行により得た各金二万九、四〇〇円を、被告人武内から判示第六の2及び第七の2の犯行により得た金一、八九〇円を、被告人杉沢、同山田から判示第八の2の犯行により得た各金二、〇〇〇円をそれぞれ追徴する。

尚被告人旗谷、同武内は、判示第六の2の犯行により共同で金一万五、〇〇〇円を受領したが被告人旗谷はその処分を同武内に委せ自らは何んの利得もしていない。ところで同武内の右一万五、〇〇〇円と判示第七の2により受領した金一万円の使途については、同人の警察官調書(六月一三日付)などによると、内金一万三、一一〇円は選挙運動の際、交通費および車代としての実費として使用されていることが確認できるので同被告人からは残金一万一、八九〇円を追徴することとする。また被告人杉沢、同山田が判示第九の犯行により受領した金五万円については、押収してある領収書、特別会計出納控(符五五、五六)などによると一旦これを同組合の財政担当の高橋伸児に保管させ、その後被告人両名が各二、〇〇〇円を受領し、その残金については、本件選挙に関するビラ張りなどの選挙運動の実費として支弁されたことが認められるので、被告人杉沢、同山田からは各二、〇〇〇円を追徴する。

被告人長岡、同三谷、同加藤、同北村、同渋川が受領した金各二万九、四〇〇円のうち相当額は実費として使用したと推察されるが、その具体的金額を確認すべき資料がないので全額を追徴する。

4、公職選挙法二五二条四項により同条一項所定の選挙権及び被選挙権を有しない期間を、被告人森尾、同小野岡、同長岡については、いずれも二年に、被告人三谷、同加藤、同北村、同渋谷、同渋川、同旗谷、同武内、同杉沢、同山田については、いずれも一年にそれぞれ短縮する。

5、訴訟費用については刑事訴訟法一八一条一項本文、一八二条により主文のとおり負担させる。

6、被告人高に対する公職選挙法違反及び被告人小野岡に対する政治資金規制法違反の各訴因についてはいずれも前記の理由により、犯罪の証明がないことになるから刑事訴訟法三三六条により無罪の言渡しをする。

(量刑の事由)

選挙の公正ということは、いかにこれに違反する者が増え、その刑責を免れて恥じない者が増えようともやはり民主主義の基本として強調していかなければならないことであり、この観点からすると本件の主要事実は違反事犯の中でも最も非難されるべき買収事犯であること、しかも組織を利用した計画的、集団的な違反行為であること、それが被告人らのごとき労働組合の指導的立場にある者によつてなされたものであることなどを考慮するとはなはだ遺憾といわなければならない。

しかし本件は、いわゆる悪質な選挙ブローカーないしは選挙ボスによる買収事犯とは全く内容を異にしており、ことに全道庁関係の被告人ら地方公共団体の公務員職組にとつては、その経済的条件の改善が選挙の結果と密接に関連している面があり、そのため組合活動の形式に従つていた筈の活動が候補者の乱立の影響による焦りからその限度を超えるに至つたものと認められ、また授受された金額自体も決して多額のものではなく、しかもその中にはかなりの実費相当分を含んでおり、使途についての自由裁量の残る余地も実質的にはわずかの範囲と考えられるのであつて、単に買収犯が成立するという外形に目を奪われて実質以上に重く処罰することは本件を正当に評価するものとはいえない。

また本件は公訴提起以来すでに七年余りの歳月を経過している。本件が多くの事実上、法律上の問題点を含んでいるとしても、この種事件の性質上とくに迅速な審理が必要であることは言うまでもないが、それが裁判所側の事情あるいは当事者側の事情によつてそれぞれ努力した甲斐もなく、不本意ながら長期間を要することとなつている。その長年月の間被告人という地位にあつたものは、そのことだけで多くの有形、無形の不利益、犠牲を強いられたことは想像に難くないし、またそれぞれの身辺には、本件発生当時には予想されなかつたような各種の変化が生じており、またその間に恩赦の実施された事実をも考慮しなければならない。

このような諸般の事情を考慮すると、本件については被告人らに対し刑責の重きを求めるよりは、判示の行為が法律上許されないものであることを明らかにしてその自覚、反省を求めれば足りるものと考えられる。その他各被告人の地位、経歴、身分さらには本件における各人の役割などを個別に考慮して主文のとおり量刑した次第である。

(別表一、二略)

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例